雀は鳴いて、朝が来る。
テレビは毎朝、不幸なニュースを流し続け、それを尻目に俺らは差し向かいで朝餉を喰う。これ、日課。


「出生率、また低下」


長生きの予定無いし関係ないか、女は新聞を広げたまま呟いた。
オッサン臭いから新聞離せ、と言いかけたくちびるはふうん、といらえを返しただけだった。ある単語に箸を止めて少し考えた。女は平然と新聞をめくる。

出生率ね。日本はそんなに危ないのか。惰性の戦は幾らも乗り越えて此処に進化を続ける文明は在る癖に、それでも文明が崩れ落ちる綻びと言うのは案外そういった単純で明解なものなのかもしれない。人がいなくなる、当たり前だ。実にシンプル極まりない。危機感も関心もいまいちないけれど毎晩のように抱き合って眠る俺らがセックスに励めば、少しは貢献出来たんじゃあないか、くらいは思うね。だって、あれだよ。何年も一緒に寝てる俺らがそういう関係だったらお前は二、三人孕んでて可笑しくない。ママー・パパーって、少し笑えた。


「箸、止まってる」


多分目の前の人物を見た侭、俺は唇の端を中途半端に吊り上げてたんだろう。女は新聞を畳むと眉をぎゅっと不機嫌そうに寄せて溜め息をつき、大根おろしののっただし巻き卵をこちらへ遣った。うっすら伏せた眼にはきちんと黒いラインが引かれていて、睫毛も昨晩見たよりばさばさしていて。あれ、こいつはいつから化粧をするようになったのだっけ、と漠然と思いながら、だし巻き卵に箸を伸ばした。
いつだ、解らない。こういうの面白いと思う。何故って、あれだけ近くに居ながら俺らは近くに居過ぎた所為でお互いの成長に気付かず、そしてまた気が付けばお互いの服の下さえ知らないのだ。
いっそプラトニック過ぎだ。そして俺もお前もそれに満足してるし、そう信じている。

リップが塗ってあるのか、それとも自然に紅いのか、綺麗なくちびるがゆっくりと白米を咀嚼している。こくり、と喉咽が鳴って静かに飲み込まれるのを見た。


「食べないの」

「食べるけど」


浮かんだ考えに思わず、ちゃぶ台に伏してしまいたくなった。
唇は生殖器官に似ているだとか言ったのは誰だった。飲み屋の親父だったか、部下だったか。とにかく頭の中で激しく恨んだ。いまそれを思い出して仕舞ったから何だかその淡い唇を見ていて悲しいしいたたまれ無くなる。頭が痛くなって来た。目を閉じて親指でこめかみを押さえ軽く唸った。
箸は進んでいない。


「ああ、そうか」


何が。女は愉快そうに箸を置いて、俺の唇に戯れに自分の其れをくっつけて見せた。幼児のくちづけと何等変わらない。


「何でィ」

「いや口見てたから。特に意味は無い」

「在ったら困る」


女はまた黙々と食事を始めた。
いまそのタイミングでやるか、しかも考えたらガキの頃しかされたことない。さっきまで口と口がくっついていたのに色気がないその泰然と構えた様子に訳も無く、いやあるけど、謝りたくなった。こんなの人生初だ。今までそれなりの人数の女と付き合ってきたのにたったあれだけでこんなに焦ったり、自己嫌悪に陥りかけたのも人生初だ。
似てない似てない絶対似てない、と自己暗示をかける。

いやいやいやないだろうそれはないだろう、と信じたい出来事がある。口に出したくもない。それは、有り得ない出来事だからだ。可能性があるとしたら世界で人類が俺とお前二人だけになったときだけだろう。でも、たとえ消去法でもその選択肢を持ち出す俺も中々危ない。それは万に一つでも、あの女は自分のものだとでも思ってる可能性に為りはしないか。ああ物凄い嫌だ。ない、絶対ない。

食欲と性欲は錯覚しやすいものだ。うん知ってる。こいつに関しては錯覚しちゃダメだろういろんな意味で。うんそれも知ってる。きっと腹が減っているからに違いない。気が付けば並べられた味噌汁はもう湯気を上げていない。味噌汁に口を付けた途端、タイミングよく、子育て応援マガジンのCMが流れた。
嫌がらせか。










2007/3/29
沖田と初期沖田 (さあ、ご飯を食べましょう)