しかなことを、

嘆かざるロンド




「高飛びしてーなー。M78星雲あたりまで」


助手席の窓を全開にして、ミラーに映るなっさけない顔を睨む。


「なーこれって隊規違反?」


 予想通り返事はなかった。山崎は知らせを受けて、現場に到着した時からずっと動転したままなくせに運転席はけして譲らなかった訳で。泣き出さなかっただけいくらかマシ、まあ今の状況ならそう考えざるを得ない。力が入り過ぎて真っ白になっているその手、しかしそれに映えるように爪の間には血がこびりついている。きっとなかなかおちないであろう、それ。こいつのほうが全然死人っぽい面をしてて、ハンドルを握る手元は酷く危なっかしかった。やっぱり俺が運転した方がよかった。深く息をはく。妙な想いも眠気も、体中から全部おい出してしまうために。

 

「安全運転で頼むぜィ、運転手ー」


頬杖をついてまた、窓の外に視線を戻した。流れるのは陽気なラジオと大事にしなければならない時間。今、この瞬間世界中で何人の人間が後悔したのだろうか。人は何か大事なものを無くしてからでないと後悔できない、ともっぱら知識の塊であるいろんな本は言うけれど。俺は総てをなくしたも同然のくせしてまだ何も後悔なんかしちゃいないというのはどういうことだろうか。例えば、あともう少し早く到着すればよかった、とか。アンタと一緒に始めっから現場に居ればよかった、とか。妙な気持ちだ。どれも後悔してないからさ。 (なんか、拍子抜け) 後部座席には頭を力無く垂れた元・副長殿。いつもいつもアンタを殺すのは俺だ、って馬鹿みたいに笑って見せて、やってみろ、ってアンタも嫌味っぽく笑って。それが、らしくもなく犯人の弾阿呆に喰らって簡単にあの世行きってさ、そりゃないんじゃねーの。悲しい訳あるか。バカみたい。もちろん、アンタ、が。呆れ返ってる。俺はいろいろと許せなくて呆れ返ってるんだ。 (バーカバーカ俺達ゃ死体引取りに来た訳じゃねぇっつの) べ、と舌を出して、シートベルトを外した。しゅるしゅる、と巻き取られてゆく、それ。


「よく平然としてられますよね」


かすれた声が真横から聞こえた。おや、こいつは俺に怒ってんのか、そりゃあお門違いってやつじゃねーかィ?


 「…どーゆーいみ」

 「別に、」


 運転手はけしてこちらを見ぬまま、憎々しげに吐き捨てた。 山崎くんは反抗期ですか?あーあーあーお母さんは悲しいよ。昔はあんなに可愛かったのにね。


「あのさあ、お前の言い分は解らんでもないけど、お前の精神の物差しで俺の気持ちはかられんのは正直ムカつくよ?」

 「…すみませんでした、一番隊隊長」


嫌味か、嫌味だな。俺が役職名で名を呼ばれることが嫌いだとこいつは嫌ってほど知っていたはずだった。小心者の彼なりの精一杯の恨み言なのだろう。無理もない。あれだけ敬愛してた人が死んだら、しかも目の前で。そのうえ今自分を慰めたり死者を悼んだりすべき真横にいる人物はrequiemさえまともに歌えそうにない奴なのだから。息を吸う。肺がぱんぱんになるまで。ふくしきこきゅう。いや、歌なんか歌わないよ。マジンガーZなら歌えるけど。

神やら仏やらは見えないから信じなかった。触れないから信じなかった。俺にはみえるところにちゃんと神様がいたからだ。アンタは俺の神様だった。無理難題吹っかけてもなんでも簡単にやってのけてくれる俺の神様だった。結局見捨てないでくれる神様だった。けれど、神様にだって死は来るらしい。しかし神様がいなくても俺の世界は回る回る、そして神様のいない世界に慣れてゆく。 ぴったりとタイヤと地面とが影でくっついているのを窓から乗り出して眺め、窓から上半身をここまで突き出すなんてかなり自分はチャレンジャーだ、と一人笑う。 そう、アンタがいなくとも俺は無茶は出来るわけだ。しかし、神様のいない世界になれるのは酷く怖かった。神様の影をどこかに見つけても、波紋も拒絶反応さえ起こらなくなるのは嫌だった。


慣れるということは同化するということだ。


 たくさんの白線が物凄い勢いで後ろへ後ろへ飛んで行く。



 「隊長、いいかげん危ないですよ」


 

職業柄上か、周りの目を気にしてか、どちらにせよやはり山崎はこう注意した。上半身がほとんど窓からでてるからその気持ちは分からなくもない。


 「知ってるぜィ」

 「じゃあ、やめて下さいよ。副長の前です」

 

山崎は心なしか声が涙声だった。こいつもきっとなれてゆくんだろうなあ、と窓から体を戻しながら思う。勝手においてって許せるはずがない。でも、俺はそんなのごめんだった。慣れるだなんて吐き気がする。死者をどっか許せないからその状況になれることができる。だったら、許せたらきっとアンタを忘れられるとおもった。


忘れる事は見ないフリをする事だ。


神様の影を見るたびに、波紋が起きればいい。拒絶反応だって出ればいい。げろげろ吐いたっていい。俺はぽっかり忘れたまま、たまに思い出しながら、アンタのもともといなかった世界を想定して生きていく。癪に障るけれど慣れちまう前に俺はさっさとアンタを許してしまうことにします。死んじゃったなら仕方ない、アンタもきっと頑張った、はず、だとおもう。おつかれさん。同化だなんて、世界が神様になってしまうだなんて恐れ多い。いつだってアンタは俺の神様だったから。



 (goodbye,myload.)

 「次、俺が副長になってもいいですかィ。ねえ、土方さん」



ずいぶんなさけない声が出た。生きてたアンタに話しかけてたのと同じ口調の。とたんに急ブレーキがかかって、かくん、と慣性にしたがってまえのめる。シートベルトが無かったからフロントガラスに頭をぶつけた。思わず見遣るミラーには後部座席。だらり、と揺れた腕。ようやっと泣き声を上げたのはシートに落ちたあんたの刀と運転手だった。











2006/2/24
土方と沖田と山崎 (落ちる音に埋もれて、くれてやる、と聞こえたのもさっさと忘れられるだろうか)