さよなら、チキータ。
ど う か 、ど う か 、世 界 が、














「お前、何年地球に居る?」

「もうかれこれ3年アル」



三本左手の指をたてたあと、愚問だ、と言わんばかりに視線を剥がす。違う、ほんとは見てられないだけ。もうこの男は外に出ることをしなくなった。布団にごろり。それでも刀ははなさない。それが一種の生への執着なんだろうか、とか思えてしまうから見てられなかった。それをにぎりしめる腕は、とても細くなってしまった。私がこうして庭に立ちはだかる間にも、ひっそりひっそり色素の元々淡い肌も魂も、白く薄れていく。



「お前は訛りが結局抜けなかったなァ」



くつくつ。男は意地悪く笑った。その男特有のそれ。



「これはアイアンクローだから別に構わないネ」

「アイアンクローは構うだろィ、アイデンティティだアイデンティティ。これからは知らねぇ言葉、下手に使って親父に恥かかすんじゃねェぞ」



病人の癖に口の立つ。



「戦いに言葉いらないから、その点は心配ないアル。お前もこれからはあんまりごろ寝ばっかして、刀と真撰組に恥かかすんじゃねぇぞ」



澄ましていった私の言葉に、男はくつくつ空虚に笑う、はずだった。お前のアイデンティティは確かにそれだったはずだ。そう信じている私。



「ああ、そりゃ気ィつけとくぜィ」



だが、男は静かに背を丸めて苦く笑ったのだ。あっさり裏切られる。こんな穏やかな苦笑いを私ははじめてみたのだった。急に、ぺしゃんこに踏み付けられたみたいに惨めな気持ちの私。直に死にゆくものとはこんなにも穏やかなんだろうか。私にはけして出来ぬことだ。そう思ってしまうことは少し、いやかなり後ろめたかった。何を言えばいいかわからず、仕舞いには、アアわたしはどれもいってはならぬ、と思った。たくさんの禁句を押さえ込むみたいに傘をぎゅっ、と握った。このままお前を殺してしまおうかできないくせになにを思ってるんだろう。ほら、困るとすぐ殺すだのって。わたし酷く切ない。私はその感情が、裏切られた事に対してか、どうしようもない自分の思考回路に対してなのか解らないまま俯いた先に黒塗りの鈍く光る鞘を見ていたのだった。



「お前なんて私のいない間に綺麗にくたばってくれてりゃ良いヨ」



ふ、と舌から離れた意味も為さぬ言葉。私のなかはいま矛盾だらけだ、馬鹿。言ってはならぬ、それが守れない。頭のなかはどこか冷静なくせ、ひどくぐちゃぐちゃしていた。しっかりしろよ。このままじゃただの女みたいに醜く泣きじゃくるか、こいつを徹底的に傷つけてしまうかのどちらか、だ。それらだけはどうしても避けたい、



「もっと生きろみてぇなこと言ったりさっさと死ねって言ったり、お前は忙しい奴だなァ。まあ、その予定なんで心配いらねぇよ」



男は私の矛盾だらけの言葉をまっていたのかもしれなかった。助け舟を出すのは決まってあっちからだ。何にせよ彼は私の悪い言葉をいなすことが出来る人間だった。場が急激に緩む。やっぱりいつもの調子を取り戻すにはブラックな冗談に乗っけた本気をお互い言うしかないのだと思い知る。



「そりゃよかった。お前がくたばる頃には私は香典も届けられない所に高飛びヨ」



なんとか波に乗れて表面上いつもと変わらぬ、平穏。きっとアンバランスに成り立つ平穏。それでも、それを酷くありがたい、と思ったのは、きっと私が情けなくも、負けん気の強かった少女から負けん気の強い女になってしまったせい。なんて質が悪いんだろうか。私の溜息と一緒に風鈴が、場を和ますように鳴った。風が庭を抜けて部屋に吹き込む。



「…旦那ァ何て言ってたよ?」

「銀ちゃんは何にも言わないヨ、ただ『そうか』って言っただけ」



私はもう、男を見なかった。くるり、背を向けて空を仰ぐ。背後ではあの男も同じことをしているのが手に取るようにわかる。夏空がいまのわたしらには高すぎた。



「ほぉ旦那はやっぱ男だねェ」



逃げたかった、この男から。逃げたくて逃げたくて、留まっていたくて、やはり今の私は矛盾だらけであった。病を知ったあの時も逃げたい、と思った。この男を連れて、病気のないどこかに飛んで逃げようそしたらどうにかなる、と馬鹿みたいに思ってた。願ってた。羽根もターミナルも持たずに私はどこへ行くつもりだったのか。手段よりも目的ばかり先行して、酷く純粋だったわたし。今ここにいるのはどんなわたしだろう。



「じゃあ、あのダメガネは」



悲しくなったので過去へのトリップと現代への自問はやめた。ついでに雲の数を数えかけてそれもやめた。小一時間後には私は一人で鉄の禽に乗って、数え切れぬほどの雲に紛れているだろう。



「新八はだーだー泣いて、でも最後にやっぱり笑って『いってらっしゃい』って言った」

「そーかィ、あいつもすっかり男になったもんでィ」



あのね、あの時も今もわたしら二人分も空の便は用意されてなんかなかった。滑稽な噺だ、真撰組の斬り込み隊長と星をも潰す夜兎の端くれが、未知の星へのチケットたった二つを手に入れられなかったのだから!そこまでかんがえてやっと振り返ると、頭の後ろで組んでいた腕を組み直して男はまた例の如く笑った。



「お前も男ダロ」



言ってはならぬ。だからわたしにはそれが精一杯だ。珍しく男はびっくりしたようで、元々でかい眼を一瞬さらに真ん丸に開いた。寝首をかかれたような阿呆面をしていた。しかし、それは一瞬のことで、



「俺ァな、男云々の前に鬼だよ」



数秒もたたないうちに刀を抱え直して、静かにしずかに言った。 鬼か、鬼だからか。そんなの理由に私は流されない。ねえ、私は何度だってきくけれど。何故お前の腕は彼様に細くならねばならなかった?ねえ、何故お前が病になどなる必要があった?



「鬼じゃない、お前は馬鹿だ、馬鹿」



気がついたら、私はもう男につかみ掛かっていた。ああ、もう最悪だ、いや、泣いてないだけいくらかマシか。私はなにを言おうとしてるんだ。いいえ、分かりきった事。



「お前が私の背中に羽根の刺青でも入れてくれりゃ、それだけで良かったわたしはそれで良かった」



それだけで、きっと飛べる気がしてた。それを救いとわたしは呼んだだろう。



「そんなん女の背中にいれられっかィ」



きっと私のいうことは訳がわからない、と思ったに違いない。でも私をなだめすかしながら、男は少し気の毒そうに笑った。少女の背にそれはとても似合ったかもしれないが、女の背は悲しすぎて。



「でも、おまえそれじゃ悲しすぎるヨ」



夢ばっか見てて、それは消えると知ってて。でも本当ばかりじゃすこし悲しすぎやしないか。



「じゃあ、お前が俺の背中にいれてけ」



背を向けて男はいった。ああ、私が思うほどこの男はやさしくなんかなかったに違いない。嘘であったかくなんか包んでくれなくて。だけど、それでよかったのだ。私はこれを救いとよぶことにするから。



「うん、」



机の上にあった筆立てから細身の筆を一本とって、男の寝間着の上からぐいぐい、と羽根を書いた。黒々と羽根をかいてやった。私は初めて、その背中で泣いた。馬鹿、ただの女じゃん。少し笑った。





そう滅ぶまで、あなたくらいは
お 元 気 で。











2006/3/7
沖田と神楽 (さようなら、女の子だったわたし(おまえ))