夢喰いの夢。
DreamEater's dream!



                                      どのくらいたてば、                       




さう云へば、可笑しひことはあちこちに在つたやうに思へます。さて、僕には解らない事総ての具現が彼の人だつたので。彼の人は自身の正義に従つて居たのでしやうが外から見てゐた僕には何が何やら未だ解らぬ侭です、何一つ何一つ。然し、間違つた事や意味の無ひ事は何一つなさら無かつたと思ひますよ。

斯様な事が御座ひました。



「また全然食べてない」

「おまえが俺が食えないのばっかり出すからだろィ」


さう云つた彼は膳を睨んでゐました。
この頃、身の回りの世話を仰せ付かつてゐたのは僕でした。大層手を焼かされました、彼の人は病人食を殆ど受付無ひのです。


「無理にでも食べて下さいよ、食べたら幾らも楽になりますから」

「獣肉嫌い」

「其れでも食べるんです。好い加減、偏食なおさなきゃ駄目ですよアンタ」


何時も僕がさう云うと不機嫌さうな貌をして蜂蜜色の頭は布団に潜つて行きます。
ほとんど手を付けて居なひ膳を見つめながら、たう/\僕には溜め息を殺す事など出来無ませんでした。
病人には、特に貴方のやうな、死んで終われては困る人には力を付けて貰はなければ為りません。獣肉は何より栄養が高ひです、何と云つたつて動物の生暖かな命を頂戴してゐますから。
然し是の人は元来酷ひ偏食家で、魚や肉と云つた生臭ひものは苦手で在りました。
自分が今まで被った血を思ひ出すのだ、と彼は昔云ひました。よく記憶してゐます、悲しひ話でした。


「自分で食べるんです、ね」


布団から出て来やうとしなひ彼に、少し泣きさうで在りました。だうか/\死ななひで、と願うだけは余りに不毛ですから。

アゝ何時だつて斯様な時に限つて副長は居らつしやならなかつた。
僕が彼の人だつたなら、貴方を怒鳴り付けてでも血肉を食べさせる事が出来たでしやう。
匙を運んで差し上げる事も出来たでしやう。
然し、僕はそのポジシヨンにゐないのです。
僕は副長のやうに彼を強制させる事が出来ません。


いつそ、貴方が脆弱な童だつたならば、年長の僕は喜んで貴方を叱咤して其の口元に匙を運んで差し上げたでしやうに。然し貴方は誇り高ひお侍で在りました。


「何泣きそうな顔してんでィアホ崎」


眉根を寄せてゐる僕を布団の中から二つの眼がくるり、覗ひて居ました。
黒目がちな眼は何時だつたかお会ひした、彼の姉君との性別以外の唯一の相違点でした。
彼の姉君はもつと色素の淡い眼をしておられましたが、矢張り姉弟。全体的な印象、眼以外の色彩や顔のパアツの配置はそつくりだつたと記憶してゐます。何故今に為つて斯様な事を思い出すのか、きつと其れは布団を被った侭、此方を見遣る沖田さんが童地味てゐると云ふよりも、失礼ながら少女地味て見へたからでした。


「どんな顔すりゃいいかわかんねえだろ」


さふ云つてげら/\と彼は品無く笑ふのです。アゝ、アゝ!其れは何方の台詞か!


「沖田さん、」

「うん」

「このままじゃあ本当に死んじゃいます」

「そしたら俺の死体を一番に見付けるのはお前かィ」

「確実に俺です。嫌ですよ、俺、そんなの」

「そうか」


彼が珍しく考え込んだ瞬間でした。嫌に神聖な姿でした。未だに忘れられません。一生忘れないでしやう。眼の前がくら/\と揺れて思わず俯きました。


「何でお前が泣くかなァ」


けら/\笑ひ乍ら、引つ張り上げた布団の裾で僕の頬を乱暴に擦りました。其れでも僕は嫌です、と云うだけでした。死んでは嫌、と暗にですがさう呟ひてゐた心算です。


「お前がそこまでいうからだからな、山崎」


俯いたつきりの僕にたう/\彼は云ひました。嫌さうな顔をして肉塊を一つだけ摘むとまた、布団の中に引つ込み其の日は其の侭出てきては呉れませんでした。照れてゐたのでしやうね、僕はと云へば嬉しかつたのと可笑しかつたのとで、悲しんでゐたのも忘れて思はず微笑つて仕舞ひましたが。
その後副長に其のことを話した所、奴め恩着せがましひ、と呆れてゐました。然し、僕にはさうは思へません。今思へば、の話ですが、あの時彼は僕に二つのことをしてくれたのだと思ひます。一つは、食べてくれた事、一つは考えてくれた事。さうですね、其れだけで僕は大変救われたのです。其のやうに見えずとも、彼の人は誰かの為に、と云う言葉をきちんと知つて居る方でしたよ。








貴方が居なくなつたいま、
僕は何に祈るべきだらう。

DreamEater's dream!






2007/5/30
池田屋後 山崎と結核沖田