「土方さん」 何日ぶりかに会ったその顔に声をかけてみた。 長雨の所為でか苛立ったように書類を見つめた侭足早に歩いていた男は、すれ違い様呼び止められ慌てて顔を上げる。隈が出来ていたし髪は少しボサボサだったがワイルドに拍車がかかった程度なのが憎たらしい。 「お前か」 「あああ、こんな時くらい煙草減らせ、ニコチン中毒」 「あ、こら」 笑いながら、くわえ煙草をひょいと奪う。代わりにさっき駄菓子屋で買ってきたシガレットチョコをくわえさしてやった。 「うげ。やばい、シュールな図。山崎とか泣いちまうかも」 「誰のせいだ誰の。返せクソガキ」 「さっきその山崎が死にそうな顔してましたぜィ、アンタの部屋めっちゃ煙くて真っ白だったって。ところで、」 ぽい、と雨ざらしの庭に投げ捨てた煙草は煙を上げるのをやめた。チョコを箱ごと渡して遣りながらなんでもないように言った。 「あれ、まだ残してやすか」 「あれ?」 「ほら、あの時の姐さんの」 ゆ・び、と唇だけで呟いた。今度こそ本当にびっくりしたらしかった。こちらを見る男は絶句している。 「ねえ、聞いてます」 「ああ」 「埋めたんですかィ」 男は苦虫を噛み潰したような顔をして、視線をふい、とそらす。手持ち無沙汰に黒髪に手を差し入れてがしがし掻いた。居心地が悪いときの癖だ。ああ、埋めたんだな、と思った。酷くがっかりしている自分がいる。 「いいや、燃やした」 男はぽつねんと言った。 「燃やした」 「ああ」 なあんだ燃やしたのか、と軽いショック状態になっていた。そうかそうか、と唇は繰り返すばかりだ。 「お前、指の切り口見たか」 今更何だって言うのか解らないが、あれほどとっくり拝んでいて見てないはずはなく、こくり、と一つ首を縦に振った。 「あいつな、もうじき落籍かれるんだと」 「でも、あの指は確かに送られてきたんでしょ」 「いいか、あらァ真心なんかじゃねぇ。手酷く言やァ呪いだよ」 のろい、とぼんやり呟いた。あの姐さんには似合わない言葉だ。自分でもよく解らない、あの指がもう存在しないことに、なのか、あんなに懇意にしていた癖にそんな口をきける男に、なのか。自分は一体どちらに動揺しているのか。おそらく、前者だろう、と頭の端で思った。 「来月には落籍れる。さあ、そんな女の指切りをお店や相手側が許すと思うか」 「じゃあ」 「山崎に調べさした。あの切り口、刃物みてぇな気の利いたもんじゃないんだと」 男は胸ポケットから新しい煙草を取り出して、吹かし始めた。目にしみるのかまた、眉間にシワがよる。 切り口を一生懸命思い出している、少しだけ出た骨はぼろぼろ、と砕けそうにささくれ立っていた。ああ、まさか。 「噛みちぎったんで」 「おそらくな」 すうう、と煙を吐き出す、その顔は後味悪そうにしかめられている。チョコをくわえていたときもそんなに酷い顔じゃあなかったのに。また、煙草を奪って、今度は自分がくわえた。苦い、と笑った。土方さんももう怒らなかった。 「女郎は、そういう生き物だよ」 「あぁあ、そりゃあ立派な呪いだ」 くつくつ、と乾いた笑いがでた。少し気分が晴れたので煙草をかえしてやる。 アンタはあの人の覚悟やらをきちんと知っていたのだろう。アンタはアンタなりにあの人が好きだったのだろう。事情を全部把握したって、最後に会いに行ってやらなんだのは、燃やしてしまったのは、怖かったからなのかもしれない。この男は妙に潔癖なところがあるから。 噛みちぎられた指は、あんまりに生々しく、歪つで、生命を帯び過ぎたのだ。それはこの男にとってきっと我慢ならないことだったのだろう。 「灰はどうしたんで」 「庭に埋めた」 「念入りなことで」 それで良い。燃やして埋めて徹底的に怨念めいた想いもそれの篭った物共々、消してやらなければ。彼の遊女の其れは昵懇の色眼鏡を外せば、度を過ぎていた。 「庭のどの辺りですかィ」 「はあ」 「はあ、じゃなくて。何処に埋めたのか、って聞いてんでィ。そんだけやったからには覚えてんでしょ」 庭を見渡して探すそぶりを見せた。 何故なら、しかしそれでも、と男の俺は思うからだ。 「姐さんは俺の同志ですから線香くらいあげさして下せェよ」 同志、と言う言葉に男は嫌そうな、また、理解しがたい、と言った表情を見せている。知らん侭で良い、と素直に笑えた。 土方さんは呆れ顔で、一等大きな梅の下だ、とぼやいて行ってしまった。 ほら、アンタもアンタじゃあないか。また一人で笑った。 後、姐さんは、不思議と晴れやかな表情で無事某の商人に落籍かれて行ったそうな。そのときやはり、右か左かどちらかの手のこよびは欠けていたと聞く。 |
お礼小説は5本です。