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愛の御託 "Was ist Wissen, das nicht von der Liebe ausgeht?" - Bettina von Arnim, Goethes Briefwechsel mit einem Kinde *** 無知とは罪悪である。 それは自分が最も隷属する言葉だ、と俺は考えている。行動理念であると言い変えても良いだろう。 昔話だ。 小さな子供がいた。子供は何も持たなかった、金も権利も思想も柵もそういった執着の対象なにもかもを。 しかし、子供は知識を増やす度に脳が快感を覚えるという困った性癖とそれの裏付けとして無知への恐怖を持っていた。知識欲を満たすことだけが子供の生き甲斐であった。 どんな瑣事さえ貧る様に記憶していった。 安定剤のような意味の無い言葉の羅列はいつだって脳内に囁かれる。それは円周率であったり、古い歴史の年表であったり。 斯様な子供があの老人の節くれだった手を取ったのは、もう運命以外の何物でもないことだったのだ。だからといって少年は運命に感謝し知を満たし続け、いつまでも仕合せに暮らしました、とはならない。 *** 「貴方の引き出しは膨大だ」 「褒められても面白い話は一個しかしてやらないさ」 「いいですよ、ルールですもんね」 白髪を揺らして彼は笑った。 人形のような小奇麗な顔をしているが、ひどく人間らしい表情をする。 彼は俺の語る昔話を好んで強請った、特に欧州の話を。 欧州が好きなのか、と問うたことがある、彼はにこり微笑んだ。何でもまだ幼かった頃の思い出があそこらには散り散りあるのだそうだ。その話をするとき、彼は複雑な表情をする。昔を懐かしむ老人のそれに似ている。もしかしたら真っ白な髪の先入観から来るのかもしれないが。 彼は幼かった頃一度だけ使い物に為らなくなったことがあったそうだ。使い物に為らなくなった彼の話。いつか我慢が為らなくなったら、と負けず嫌いの彼は約束してくれた。聞いてみたいと思う。未来を確実なものとして約束するのなら聞けるはずだ。 さて、その未来に繋がる現在の話だが。白痴の賢人では無かった自分にとって戦争が終わったことはどうでも良いようで、どうでも良くない話であった。 祭りが終われば聖人は要らないのだ、と知って二人で少し嘆いてひとしきり笑った。 一緒にいるのには理由が無くなったが、離れる理由を作る必要も無かった。ただ、永く一緒にいるのには真っ白な子供と俺との間には決まりが要った。 ずっとずっと一緒にいよう。だから、お前の好きなお話は毎夜一つしかしてやらないよ。 その予防線を二つ返事で少年は承諾した。 「どんなに場慣れした泥棒でも貴方の脳内の引き出しは一生かかっても全部開けられないんじゃないでしょうか」 子供は愉快そうに毛布を手繰って此方に擦り寄って其の侭眠ってしまった。満足そうな寝息が聞こえる。 ずっとずっと一緒にあると約束をしたのだから、どんなに時間をかけてもその偉業を成し遂げる泥棒とはお前のことだろう。 *** いま仕合せか、仕合せでないか。問われれば、仕合せだよ、と答えるだろう。それは揺らぎの無い事である。ただ、彼とずっと一緒に居られて仕合せか、と問われれば俺は首をかしげてごまかすしかない。 新しいものを作り出すのは非常に困難なことである。写生は出来ても、他の側面から物事の本質を見て心象を描き起こすのが難しいように。俺の中には生産と言う概念がない。 既知のことをさらけ出す寝物語はいつか終わってしまうだろう。戦は終わり、兵士だった二人の死の確率はぐっと減った。 物語にも俺が経験し記憶してきた事象にも必ずや限りが在る。膨大、とは無限ではない。いつか全てを語り尽くしてしまって、彼の前で無知同然の存在に為ったとき俺自身の底に何が残るのか。知っている、答えは恐怖だ。それでも一緒にありたい、と思えたならそれが一番よいが現時点ではどうともいえない。 「さあお話をしてください」 繰り返される屈託のないその言葉は、偉人の言葉を借りるなら正しく決壊をのぞむ小さな蟻穴のようだ。その無数に増殖する蟻穴を蟻が自身らかもしくは砂糖で甘く塞いでくれないか、と願わずにいられない。 自身が使い物に為らなくなる話、語るのは一体どちらが先なのか。 2007/4/14 ラビとアレン (愛から出たのでない知とはどんなものでしょうか) |