沈める寺。
あぶくを吐きながら笑む道化役はいつだって嘘つきではないのだ







この人は、自分の理解の範疇を軽く超えている、と山崎はいつも思っていた。

例えば、そこらへんに捨てられていた子犬を拾ってきて首輪をつけてよろこんでいたかと思えば、昨日まで屯所で飼っていた文鳥を空に放してみたり。
奇行以外に上げるなら、持ち物だ。
彼のポケットの中は、まるで小学生のそれとかわりない。
ゲームボーイ、そのカセット、けん玉、使い終わったティッシュのくず、くしゃくしゃに丸められたハンカチ(いつ洗われたのかさえわからない)、風船ガム、飴の包み紙etc.

このように沖田は子供っぽいところが否めない妙な人物ではあったがその奇行さえいつも正しい、と思っているのも事実であった。


こんなことがあった。

穏やかな昼下がりである。
沖田は普段忙しい身であるが、今日ばかりは非番で、暇に暇をもてあます、といった風で。
まっさらな空から午後ぎらぎら照りつける。
暇だ暇だ、とこの人があまりに言うので、丁度沖田の部屋の前を横切っていた山崎がじゃあ、バドミントンでも一緒に、と声をかけたら、それは嫌だ、という。
理由はいたって簡単である、ただ話し相手が欲しかっただけで、彼はいくら暇であっても暑い庭に出て汗をかくような疲れる事はしない主義だ。


「俺ァな、メラニン少ないから日焼けしたら大変なんでィ」


まあ、それもそうかな、と妙に納得した。
真夏だというのにこの人は季節感がなく年中通して色が白い。
綺麗に雑巾がけされた縁側は、少しだけワックスがはげ気味であった。
そろそろワックスかけなおさないとなあ、と溜め息混じりに思う。


「山崎、ちょっとお前ここに座れ」


沖田はわざとらしく深刻そうな顔を作って、寝転がったまま握ったうちわで自分の隣を叩く。
ああ、とかはあ、とか。
どっちともつかない返事をしてから、山崎はかしこまって沖田のとなりに正座する。
部屋におかれた扇風機が昨日変えたばかりの緑の畳のやさしいにおいを運ぶ。


「なにか」

「大きな声じゃあ言えねェんだけどよ、あのな、」


沖田はそうっとすぐ隣の耳元に口を近づける。(不覚にも山崎はどきっとした)
山崎は身をかたくした。


「…土方さん死んだら、俺ァ、どうしようかね」


しばらくの間のあと、甘く(山崎にはそう感じられた)囁かれたのは何とも訳のわからぬ言葉であった。


「なんなんですか、それ。副長めっちゃピンピンしてますよ。今日も絶好調ですよ。怒られるよそんな話」


山崎は思わず脱力して言う。
何とも緊張していた自分が情けない。
障子を透かして注ぎ込まれていた太陽がやたら憎たらしく感じられる瞬間。


「人はなー、結っ構ー簡単に死んじまうんだぜー」


強に設定された扇風機に向かって話しかける沖田は至って飄々としていた。


「そら、俺も知ってますけど」

「だから死なないように俺らが護衛するのが一番なんだけど、あの人それも嫌がるし。何より薄命そうだからさあ、あの人」


無遠慮にくつくつ小さく笑う。
彼はいつも、このようなことばかり考えているに違いなかった。


(それでも、あんたが、それをいうのか)


沖田はあまりに剣が強いので長生きできないのではないか、と真剣に悩んでいたのは近藤の方であった。
隠居するための時間を天に支払って、鬼のような強さを授かったのじゃないか、と沖田の神童ぶりを見て、山崎や土方の前で小さくつぶやいたものだった。
近藤はああ見えて、学問が好きらしい。
そのころは、きっとまた薄命の大陸の武将の書かれた古書でも読んだのだろう、くらいにしか思っていなかったのだが、最近ではそれもまんざら嘘ではないような気がしている。
確かに、成長した沖田はべらぼうに強かった。
斬れと言われればどんな人でも斬ったし、けして誰にも負けなかった。
しかし斬れと言われなくとも、土方や近藤に害をなすものがいれば斬るのだ。
どうしてか、と問えば、死なせたくないだけだ、と言う。
ただ単純な答えであったがそのことにあまりに必死な彼が死に急いでいるのだか、生き急いでいるのだか、よくわからない生き方をしているように見えるのだ。


「例えば、の話だ。例えばの」

「ええ、例えば、ですね」

「そう。例えば、だ。この部屋に冷房がつくんなら俺はもっとマジメに仕事してやってもいい」

「無理でしょ、経費で落とせないっすよ」

「だぁから、例えば、っつってんじゃん」


沖田のノリに合わせて、意味のない言葉遊びに付き合っているとたまに沖田はとても愉快そうな顔をする。
くるりと、沖田の部屋の中を見回してみるとポケットの中とは違って思いのほか荷物が少なかった。
必要なものはいつも懐の中にあるのだろう。
敷きっぱなしの布団と、畳の上に転がった花火セットたくさん・まだ膨らましていない水風船たくさん、現在進行形でフル稼働中の扇風機、大して物が入っていなそうな箪笥が一つ。
とても片付けやすそうだ、と思ってなんだか哀しくなる。


「例えば、死なせるつもりは毛頭ねェけどもしあの人を死なせちまったなら、生き返らせる方法ってのはどっかにあるんだろうかねェ」


静まった部屋に扇風機の音だけが響く。
ああ、途方もない話だ、と思うのだ。
しかし、このような話の底辺の部分にあるものを山崎はよく知っている。

(どうしてそんなことばかりなんですか、どうしてそんなことに一生懸命なんですか)

だけど、それは正しい事に違いはなかった。


「さあ、どうなんでしょうか。思い当たるのは反魂香の話くらいしか」

「あらぁダメだよ。アレは生き返ったって言わねェ」


苦笑して沖田が言う。
あんまりに哀しそうに笑うものだから、この人はどこかに行ってしまうのじゃなかろうか、と思う。
だから一生懸命なのではないか。
そしてそのどこかが何処なのか、そのどこかに行ってしまうその日がそう遠くない事も山崎は少しばかり悟りかけている。


「そうですね、でも死人を生き返らせるなんて、」

「あ、俺勉強しよう」


山崎の話を遮るように唐突な事を沖田は言った。
よそ事を考えながら会話していた為でなくとも話が読めない。


「あのすみません!俺暴投しましたか?!キャッチボール出来ないような球投げましたか?!」

「いんや、ただ唐突に勉強しなきゃならなくなった、俺」

「勉強ですか」

「何たら博士みたいに、墓暴いて、フランケン土方作って、俺の下僕に出来るくらい頭良くならなきゃいけねえ事になったから」


また今度は途方もないファンタジーだ。


「はあ」

「あ、何の勉強したらいいんだろ?」


当てもなく勉強するより、隊長は今以上に強くなるためにちゃんとこの暑い中でも稽古に出たほうが全然簡単だし長続きもする、と思ったが、いえるはずもなく。


「あ、近藤さんの書庫にいきゃフランケン作る方法ってのが見つかるかもな」


話の飛躍を止められないまま沖田は部屋を出て行こうとしていた。
ろくに書庫にはいったこともないが、難しい本ばかりが並んでいるので、沖田はここになら知識がなんでもあると思っている。(あつめた近藤でさえ理解の出来ない本もたくさんあるらしい)
ただ山崎の記憶が確かなら、あそこにはエアコンが設置されていたはずであった。


「あ、」

「あ?」


部屋から出たところで土方を鉢合わせになったらしかった。
声だけが山崎の耳に届く。


「うぉ、お前何してんだ、」


頭だけをひょっこり突き出して廊下の様子を見ると、沖田が物凄い至近距離で土方の顔をまじまじ、と無遠慮に覗き込んでいた。


「アンタ、なーんも心配しなくてもいいですよ」


珍しく、一つ笑うとすれ違いざまにぽすぽす、二度ほど土方の肩をたたく。
伸びをしながら、悠々とゆくその姿はマンホールの上で揺れる陽炎にも似ていたが、確かに沖田なのだった。


「お前、何処行くんだコラ」

「今日は非番なんだから、何しようと何処行こうと俺の勝手でしょう」


振り返った沖田は心底おかしそうに笑って、曲がり角を満足げに行ってしまった。


「何の話だ、何の」


昨晩布団の中に水風船が入っていた事に警戒しているのだろう(うっかりその上に寝てしまったものだからあのときは大変だった)、土方は眉根を寄せている。


「あなたが居なくなったら墓暴いてフランケン副長を作るんだそうです。そのために勉強するんだそうです」


本当のことを簡潔に説明したら、心底嫌そうな目をした男が居た。
しかし、山崎は沖田のそんな行動や思想すら正しいと思っているのだ。











2006/6/18
山崎と沖田 (ときに無害な子供のように)