両手いっぱいの、lily!
僕を粛粛とさせる
揺り、百合、ゆり


たそかれどきとうたかたと、夢見た。







「よくこんなとこで本読めるなー」

「そういうお前はよくそんなところに座れるな」


降りろよ。
いつものように不機嫌そうな口調で彼は言った。
いつもそれを隠そうともしない。そんなところが好きだから、笑顔で返す。
何笑ってんだよ、とさらに眉根を寄せて睨まれたが、それも奇麗に無視してまた笑ってみせた。


「…変な奴」


唸るような呟きが聞こえた。そうやっていちいち反応を返してくれるところが好き。
窓から差し込む夕日とグラウンドの運動部の掛け声が今日はやたらまぶしい。自分がだらしなく腰掛けている窓、前から三番目。全てがその窓の桟に反射しているからだ。目だけで振り返れば、そのすぐ後ろの席にきちんと座ったまま彼は身じろぎ一つせず本を読んでいる。
ふと、目の前にかかった自分の髪をかきあげた。自分の髪の色はこんなにもうるさいのに真っ黒な彼の髪はあんなにも静か。まるで時間がとまっているみたいだ。夕日と同じ色の自分ばかりが生き急いでいるようなそんな錯覚に囚われた。明らかに置いていっているのは自分なのに置いていかれてるかのようなこの焦燥感はなんだろうか。焦ってしまうね、こんなにも時の流れは緩やか。まあ考えたところできっと何一つ解らないことなのだが。
溜め息をそっとついて窓にもたれた。自分の口から一筋零れた吐息。夕焼け空にじんわり滲んだ気がした。沈みゆく夕日だけが時間の流れを指ししめしている。あれが有る限りは自分は正しい時間を生きている、なんてね。証拠なんてない。あれが時間とともに沈みゆくものだからとかそんな理由でもない。
こじつけするとしたら、自分があれと同じ色だからだ。


「夕方の教室って、なんか良いね。おんなじいろだ」


ぐるりと教室を見回すと、わざと主語を抜かして投げ掛ける。長い黒髪をちょうど首の後ろで一つに結んだ、彼はというと緩い空間にすっかり溶け込んでしまっている。


「…寒ぃから、窓閉めろ」


何が、とも彼は訪ね返さない。
自分の問い掛けに返って来たのは返事とは到底言えないような言葉だったが。律義だなあ、とこっそり笑った。彼の手元を見ると、ある有名な作家が自分の夢の中のことを書き記したとかいう小説。それを彼の闇色の目がするするとなぞっていた。


「手、繋いでもいいでーすか?」


なんとなく、寂しくてそういった。伝わらなければ良い、こんな焦燥。
目が、その睫毛の影がそっと煌めいた。


「どうして。すぐにお前は自分から放すくせに」


しん、とその穏やかな声が響く。


「うん、どうしてだろうね」


どうしてだろうか。すぐに放してしまうくせにどうしてこんなに触れたりしたい?
答えはずっと知ってる。


「たぶん、ユウにずっと触ってたらいつか手が離れなくなるから、かな。くっついちゃうかもー」


嘘ばかり。
からからと空虚に笑った。


「…そんな心配しなくてもいい。それでもいつかお前は絶対自分から放すから」


溜め息交じり、彼の薄い唇がそう言葉を紡いでゆくのをぼんやり見ている。
ぱら、とページをめくる音がした。先程から全くかわらずつらつら並んだ奇麗な日本語の集まりを彼の目が読み取っている。
苦笑するしかなかった。的を得過ぎている。自分から触れたがるくせに自分から放さずにはいられなくて。自分にはこういう嫌な性質があるとつくづく思っていた。彼の手をとって、指を絡ませて。その手を離す瞬間、彼は決まって少しだけ目を見開く。少しだけ、少しだけ傷ついたみたいに。それがまるで惜しまれているようで、その顔が好きだった。あまり真っすぐな理由ではないかもしれないが。仕方ない、きっと自分はそういった欲求が人一倍強いのだ。
だって惜しまれないのは悲しいよ。


「訂正、先に放すと少しだけユウに惜しんでもらえんじゃん。俺はそんなんでしか、自分の必要性を見出せないので」

「始めからそういえよ。寂しいヤツ」


頬杖を付いたままなお、彼はページをめくる手を休めない。夢はとうとう十夜に差し掛かっている。


「だっていつか死んでいくんだもん、誰にも惜しまれないで。だったら、生きてる間くらい惜しまれたいじゃん」


橙の光はこの教室いっぱいに流れ込みこの部屋すべてをぬりつぶしていくが、どうしてだろう。彼の髪の色だけは染まらない。何でだろう、悔しいなあ。なぜなのか分からないのだけど、悔しい。


「ユウも死ぬね」

「ああ」

「いつかなあ」

「しらねぇよ」

「嘘みたいだ。こうして生きてて、いつまでだってこのまま生きていけそうなのに」


ユウがいつか死ぬなんて嘘みたいだ。もう一度口に出した。


「お前もいつか死ぬだろ、それと同じだ。お前が言うように嘘みたいな本当の話」


伏せられた顔では表情は見えないが少し空気が緩んだのを感じて彼が微笑ったのだとわかった。なんだってこのタイミングで笑うのだろう。悔しいけれど幸せ。
それを窓の上で噛み締める。


「けど、俺はユウよか先には死なないさ」

「馬鹿か」

「さっきからいってんじゃん。俺は誰にも惜しまれずに死ぬって」


にやり、と笑えば彼はいっそう眉根をよせて心底嫌そうな顔をした。それを俺は惜しまれているのだ、ととりますよ?


「ユウが死んだら俺は百合が咲くまで墓の前で待っててみせようか」


彼の手の中の小説を指差してまた笑ってみせた。
自分もこの人が心底惜しいから。そういう形で惜しんで見せようか。その髪よりも少し深いその目がぎゅう、と不機嫌に歪む。


「本当に馬鹿じゃねぇのか、お前。つか無理だろ」


彼は溜息をついてやっと本を伏せた。それが嬉しくて、自分はゆるくへら、と笑う。端から見れば立派なごまかし笑いに見えただろう。違う、そうじゃないんだ。有名な作家がそう言ったのだから本当に叶いそうな気がしている。


「無理じゃない。ユウが惜しいから。ずっと繋いでいられるさ」

「精神論は嫌いだ」


…このストーカーが。
ぼそり、と呟かれた言葉は褒め言葉として受け取っておこう。また笑って見せた。
この人が死んだ日も、その百年後も。夕日がきっとこんな風に奇麗であればいい。百合ならきっと橙に染まるはず。きっと、きっと。そう思った。









2005/11/11
ラビとカンダで学園パロ (「百年後にまた」だなんて、僕の願いは余りに浅はか)