少しやけた畳とかいつも指で穴を空けてみたいと思っていた障子とかもう何も入っていないだろう箪笥だとか。そこでただ異質であるのは筆立ての横にひっそりと影を作る小さな箱だった。やたら見事な造り。蓋を開けてころん、と在ったのは人間の。 「うわあお」 綺麗に爪紅の塗りたくられたこよびだった。爪の下の小さな黒子に見覚えがあった。 切り口は妙に粗く骨がささくれ立っている。 「東雲の姐さんの」 その美しく磨かれた形と冴えた桃色には親しみが溢れる。あの優しげな目許さえ容易に思い出されて仕舞ってらしくもなく、少し淋しくなった。姐さんに、甲州に行く、と告げたのだろう。そういったところが馬鹿だ、黙って出てくりゃ良いものを。 幸せにしてやれん人間があんな綺麗な姐さんの指貰ってどうするのだろう。痛かったろうに。 指の代わりにアンタは腹切れ土方。 言いたかったが喉に張り付いて仕舞って吐息しか出てこなかった。嫋やかさと激情紙一重な彼女の誠意は酷く清らかで責めることはならないのだと思った。もう、その想いが篭るだけで遊女のそれは世界で1番美しいものになる。かそけい指を摘み上げて、一日中だって見詰めていたい気もした。 「土方さんどうすんのこれ」 「知らん」 「他の人のは」 「そこに埋めた」 異国の兵法だかをまとめた書から目を離さずに、耳のあたりに引っ掛けていた筆で土方さんは縁側を指した。空は泣き出しそうな気配を醸し出していて、空気はじっとりと湿気を含んで重たい。そんな中真新しく土の色が変わった場所があちこちに見える。あそこら辺には泥くさい恋愛の末期がまさに土に帰されて眠っているのだ。 まさかこれもあれらのようにして仕舞う気じゃなかろうか。 「ねぇ」 「ああ」 「姐さんも埋めちまうんで」 「お前嫌な言い方するな。埋めるよ、指だからな」 「さっき知らんって言った癖に」 責めるような口調だったかもしれない。土方さんは罰の悪そうな顔をして煙草に手を伸ばした。想いを物に宿したら、それは本来の目的以外の意味を持って生々しく生命を得るのだろうか。それなら、いまのあの庭は墓地と呼ぶに相応しい。 土方さんが何も言わなかったので俺は不躾にもそれに触って、手の中で玩んで見た。気持ち悪いだとか抵抗はびっくりするほど、ない。ひんやりと冷たいけれど、確かにそれは姐さんだった。 雨が近い。遠く、雷が聞こえた。 → |